「2七角成らず」――。人間とコンピューターが将棋で戦う「電王戦」で事件は起きた。人間同士の将棋ではありえない手を、永瀬拓矢六段が放ったのだ。角という駒は成った方が強くなるので、「2七角成らず」という手はありえない。解説の屋敷九段も「27角成らず」を「珍手」と表現。だがそれは永瀬六段が対コンピューター戦の研究の末にたどり着いた、必殺の「鬼手」だったのである。
「プログラムミスで、ほっとくと投了すると思うんですけど。角と飛車と歩の成らずを認識できてないと思う」
「2七角成らず」と指した後、永瀬六段は平然と言った。その指摘通り、コンピューターソフトの「セレネ(Selene)」は「2七角成らず」を認識できず、王手を放置して次の手を指してしまう。この瞬間、「セレネ」の反則負けが決まった。
永瀬六段は事前の研究で、ソフト開発者も気付かなかったバグを発見していたのだ。終局後の記者会見でも「練習対局中にたまたまバグを見つけ、その後10回くらい試した」と語っている。
「2七角成らず」の瞬間。ニコニコ動画のコメントもざわつく。
永瀬六段のスゴい所は、苦しい展開から必勝の局面に持ち込んだ上で、「2七角成らず」というソフトのバグまで突いて勝ったこと。一度の対局で二度勝ったようなものだ。
永瀬六段は「電王戦」直前のインタビュー(電王戦FINALへの道)で、「絶対に負けられないので、負けないように戦いたい」と語っていた。この発言を聞いたときは、得意の引き分けに持ち込む「千日手」をやるんじゃないかと思った。それはそれで面白いのだが、永瀬六段は想像の遥か上をいっていた。永瀬六段の「負けない将棋」とは、「ソフトのバグを突いて勝つ」ことも含まれていたのだ。
また、同じインタビューで「勝負のキーになる駒は何か?」という質問にずばり「角」と答えている。今になってみると、勝負の内容を予言しているようだ。
長瀬さんは「千日手」をいとわないガチガチのファイトスタイルから「軍曹」とも呼ばれている。今回の一局でも、戦前に研究に研究を重ね「2七角成らず」という武器を手に入れ、対戦相手のコンピューターを破壊するという「鬼軍曹」ぶりを見せつけた。一局で二度勝った永瀬六段のプロ魂に、心底震えた。
将棋電王戦FINAL 第2局 永瀬拓矢六段 vs Selene
(問題のシーンは9:29頃から)